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 大学の中にある林でねっころがって本を読んでいたら、気持ちがよくなっちゃって、本を顔にのせてむうむうと北極のことを考えていた。でもそこはうっかり保育園か、それか幼稚園のひとのお散歩コースだったみたいで、そのうちたくさんの園児のひとたちが先生に連れられて歩いてきた。先頭の先生が寝っころがっている私を見つけて、眠っていると思ったのか、「しーっ!しずかに!」って言った。幼児のひとたちは列をなして歩いて、私の横を通るときだけ静かにしていた。私はけんめいに寝たふりをして、本がずり落ちないように頭をぴくりとも動かさずにいて、この、じょうきょう!って思った。あくしでんと!って思った。
 みんな通りすぎちゃったあとに、そっと起き上がって、おそろしいこともあるものよってどきどきして、ひとびとが去っていった方を見たら、列の一番後ろの男の子がこっちを振り返っていて、目があっちゃった。
 手をふられたので手をふった。

***

 おともだちが、ケースに入った私のコンタクトレンズ(はーど)をずっと見ているから、どうかしたのって訊いたら、おいしそうだねって言っていた。私はコンタクトレンズをそんな不純な目で見たことがなかったから、びっくりしてあらためてコンタクトレンズを見てみた。まずそうだった。舐めたら甘そうじゃない?とおともだちが言った。舐めてみる?って訊いたら、うんって言うから、おともだちの手の届かないところにコンタクトレンズを置いた。

***

 「どこにだって来てくれる?」と受話器の向こうでだれかが言った。聞きなれた声に低速の心で、「そんなに遠くないならね」とこたえた。
 「ここはでもアメリカなんだけど・・・」って言う声の後ろで、中央線の発車のメロディがたららたららと鳴っていた。
 それはちょっと遠いなって私は笑った。

***

 それはちょっと遠いなって言ってばかりだな。誰かの裾をつかみながら、それはちょっと遠いなって笑うのは、間抜けだろうな。優しくするには遠すぎるって、ほんとうには思わなかっただろう。逃げ回るために世界はひろくて、私はいつでも笑ってしまえる。
 電車の中、窓の向こうで鳥たちが太陽にばさばさ飛んでいくのを見つけて、死んだうさぎみたいな温度で私の情熱がことこと揺れた。夕陽の一番暗いところがゆっくり車内に滲んでいって、私の内臓をぜんぶ血色のたんなる光にしてしまった。だからくずれていきたかった。標本の虫みたいに夕陽でここに縫いとめられたかった。そしてそのあとで私の上に、私を許さないあらゆるものが、燦燦と降り注げばよかった。
 電車は今日もほしいままの速さで走り、私をすんなり連れ出してくれた。
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 学校がはじまって、でも全然行けてなくて、体力がね!って思った。体力がないからね!って。起きたら夕方だった日に、あーあと思いながらベッドで頭を毛布にこすりつける仕事をしていたら、友人から電話がかかってきて、「しっかりしろよ」と言われた。その優しさにあまりに感動したから、だいすき!って言ったら、「そういうのいいから」って言われた。あいらぶ!って言ったら電話を切られた。くーる!
 布団はぬくくて友達はクールで、秋で、なんかもう最高じゃーないかーとか思って、気持ちよくって二度寝した。起きたら次の日の、一限に間に合わない時間で、自分の睡眠の才能にぞっとした。

***
 
 早稲田松竹でアンゲロプロス監督『ユリシーズの瞳』を見た。霧の中のシーンでなんにも見えないのに霧を撮っているから、映画ってたのしいなって思った。霧の中で銃声がばんばん響いていて、映画っておもしろいなって思った。

***

 騒がしくって煙たい、大衆食堂で、キャベツの千切りをぽりぽり噛みながら、ついていたテレビを見ていた。
 ハンガリーで有害廃棄物を溜めていた池が決壊して、町に赤い泥が流れだして、死傷者多数、というニュースが流れていて、町の様子が映されていて、そこでは壁や道路が赤茶色に塗りこめられていて、草木もすべてエンジ色で、なんか、綺麗だな、とか思った。私の真後ろにいた女の人二人が、うわー、ご飯まずくなる、と言った。カウンターに座っていた、私とふたつ離れた席に座っていた男の人が、だけどこれが本当なんだよ、と隣のひとに話していた。これが本当の姿なんだよ、本来なんだよ、ごまかしているだけでさ。と言った。私はもう一度テレビ画面を見て、キャベツを見た。それは、だれもがだれかに優しく扱われているのだということ、だろうか、と思った。ちがうだろうな、と思った。ぽりぽり噛んで、水を飲んだ。
 私たちはまるきり、すべて整然とこなしてしまうけれど、本当は赤い泥に塗りこめられた姿かたちでいるのだろうかって考えた。帰り道、真っ暗い道で、浮き上がる横断歩道の向こうに信号機が光っていた。降り注いだエンジの泥がその信号機をうずめてしまうときを想像して、青いランプが光るのを待った。電線や、植えられた草木を見て、空を見たら星がじっと動かなかった。なにが本当でもいいけれど。赤く溶けてしまうのが本来だったとして、本当のことがいったい、なんなのかと思った。私が馬鹿みたいなことを言ったら、それは馬鹿みたいなことなんだよ。だれかが馬鹿みたいなことを言っていたら、それは馬鹿みたいなことなんだよ。そうだと言ってほしかった。本当のことだなんて言ってるから。
 ガードレールの輪郭が車のライトに照らされてきゅっと光るとき、私はそれ以外のことをなんにも知れない。希望は燃え尽きたと言ったひとがいた。それならそうなんだろう。私はそれだっていい。口のなかに口内炎ができていて痛かった。遠くでサイレンが聞こえた。青になって赤になった信号機を見ていた。
 そこは素敵な場所だった。ひんやりと巨大な両手が私の耳を光といっしょに塞いでくれる。なにもかもが複数で、そのぶんずっと単数で、私はいくつか匂いのする空気を吸いながら、いつもなにに迷えばいいかわからない。いつでも、どこにも帰らなくていいんだって、そんなことばかり必死に思っていた。
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 傘をさして歩きながら中島みゆき『たかが愛』を歌っていたら、いつのまにか後ろに知り合いのひとがいて、「羞恥心とかはないの?」って訊かれた。なんだかすごくまっすぐ訊くものだから、思わず、ない、です!って言っちゃったけど、どうかんがえても恥ずかしかった。

***

 財布なくして、財布なくしたなあと思いながら暮らしていて、銀行とかに電話した方がいいのかなあとか、クレジットとめないとならないよなあとか、思いながら暮らしていたら、大学から電話があって、拾った人が中に入っていた学生証を見て届けてくれたみたいで、ほんとう、うわーって、声出しちゃった。拾ってくれた人の連絡先を聞いて、お礼をしようって電話をかけたけれど、現在使われておりませんって言われた。どうも、ありがとう、ございます。恩人えっくす。
 るんるんして友達にそんなことを話したら、「財布を落とすって、意味はわかるけど、本当にしちゃうっていうのが、全然わからない。普通に過ごしてれば財布を落とすなんてありえないはずなのに・・・理解ができなすぎて怖い・・・気持ち悪い・・・でも理解ができないものをそんな風に切り捨てたくなんかないよ・・・もにもに」とか言ってて、なんか葛藤を生んじゃって、申し訳ないなあと思った。気持ち悪いと思ってくれたって、別にいいんだよって言って、度量の広さをあぴーるしてみたのだけど、あんたがそう思っていることが別にどうだっていいわって言われた。
 そりゃそうだなあと思った。

***

 友達がギターを教えてくれた。公園で二時間半ぼらんぼらん弾いていたら、指が痛くなって、指が痛いよって泣き言言ったら、考えるんじゃなくて感じるんだよって言われた。指が痛いと思った。

***

 さむくなった。川ばかりみていた夏だった。同じことをくりかえしくりかえし考える作業は、体の中に水路を掘るようだと思った。血が同じ道を何度でも辿るから、擦り切れて痛くなってしまう。もの思わぬ葦になりたいなあと思った。思ったのだったか、思わなかったのだったか。
 故郷から遠く遠くまで来てしまったひとが、自分の生まれた町の海を、ほんとうにきれいなんだと言っていた。あそこに帰るんだろうと思う、と言っていた。私の目の前に川があって、浅さと深さで色の違うのが、ほんとうにきれいなんだと思ったから、私はここに帰るのかなって、いつもいつかここに帰るだろうかって、考えた。自転車倒して座り込みながら、草まみれになりながら、葦になりたいとかぼそぼそ言って、嘘ばかり話して、なにが、どうあったって、こうして変わらずたったひとつだろうって。私は思わずむせちゃって、なにひとつ失うことさえできないだろうと思った。損なわれないみにくさを思った。葦になんかなりたくないよと言って、小石を握ったり手放したりしながら、そこにある草ぜんぶに枯れろよと笑った。すべての景色は冷たくて明るい。背中の裏までずっと照らす異様な夕焼けに、やさしく血管をつぶされて、そういうところが好きさと思った。
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 キース・ジャレット・トリオのライブに行ってきた。キースはオレンジのジャムに泥を入れたみたいな色のシャツを着ていて、それが、とてもとても格好よかった。キースがピアノを弾いたとき、ピアノがそこにあってよかったなあと思った。私にはなにも必要ではないかもしれないけれど、だけど誰かがなにか言ったとき、そこに言葉があってよかったなあと思うし、誰かが歌ったとき、そこに空気があってよかったなあと思う。誰かが飛び込んだとき、そこに海があってよかったよと思う。そういうことを思わせてくれるひとや、ものが、どうしてそんな風にきらきらとたとえば私の目の前にあったりするのかと思って、私はぜんぶ、ぜんぶ嘘なんじゃないかって思うし、それはもう、さいこうの嘘だなって、いつも思うんだよ。
 この世にピアノが無くたって私はなにも困らないけれど、キースがいたから、私はこの世にピアノがあってよかったなあってすごく思う。そういうことは、ほんとう、どうしたらいいかわからないほど、うれしい。

***

 介在がこんなにも好きだな。その距離に生える木々が、湖が、雲が、雨が、こんなにも好きだな。だれかの立つ地平と私のあいだにある景色が、だれかのせいで、ときどきあまりにきれいだから、ずうっと見ていたいと思う。雨雲が私たちのあいだに垂れるだろう。その間隙を濡らす雨の一滴一滴が、こんなに光る。
 そしてなににも会えない。

***

 兄さんに会った。健康?って訊いたら、健康だよって言ってた。よかったねって言った。おまえはどう、って訊かれて、健康だよって言ったら、そう、って言ってた。
 兄さんと昔の話をした。浮遊感があった。傷つきながら喜ぶような、変な気持ちだった。俺はおまえのことそれなりに好きだよ。でもそれは、共有しているってことだけなのかもしんないんだよ。おまえが覚えているから俺は忘れられるのかもしんないんだよ。おまえが許していないから俺は許せるのかもしんないんだよ。おまえはそれがどのくらいつらい?って。
 つらくなんかないよ、すこしも。ねえ私たちは、私たちにこれから起こることのある、別々の不幸な出来事に、お互いそれなりに同情的になれるのかな、って言ったら、兄さんは変な色に染まっている頭を後ろにぐっぐと傾けて、ぽとぽとと黙って、それから、同情するよと言った。やさしい言葉だと思った。私は頭が真っ白になったから、うんってしか言えなかった。
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先輩から電話があって、美術館行きたいって言うから、いいですねって言った。先輩はこのところ美術館に行くのが好きみたいで、突然どうしたのかなと思って、私はこのあいだ、突然どうしたんですかと聞いたけれど、そうしたら、働いているバイト先に絵がかかっていて、それがとても綺麗で、悔しいから、絵画に目を慣らしてしまいたいのだって。さっさと。まじかよと思った。このひとはすごいなって思った。先輩の体内には先輩に食べられた牛や豚や鶏やきゅうりが、暮らし続けるのかと思った。そして手ぶらでどこにでもいけるんだろうと思った。
バイト先にかかってる、それってだれの絵なんですかって聞いたら、しーらない、って先輩が言った。
鍋をしようよと先輩が言った。早いですよと私が言った。冬に私が死んでいたらどうするのだよと先輩が言った。ひとりで鍋をしますよと私が言った。

***

道に寝転んで雨のなかで川を見ていたら警察のひとに職務質問を受けた。なに、あんた、なにしてんの、って最初言われて、思わず、ゆ、幽霊です、って言ったから、そのことを主に怒られた。警察に嘘ついていいと思ってんの!って言われた。ごめんなさい・・・。
口の端っこから血が出ていたみたいで、(なんでだかわからない)(なにもかもの理由がわからない)、警察の人は私を、なにか犯罪の被害者だと思ったらしくて、本当のことを言ってね、って何度も言われた。あの、ここからだと対岸の大きな道路の光が、川にうつるのがすごくよく見えるじゃないですか、そうすると川が明るいんですよ、それを見たいなあと思って、それで最初座ってたんですけど、調子に乗って寝ちゃったんですけど、だってここだれも通らないしと思って、それで雨が降ってきちゃって、って馬鹿っぽく話した。話しながら自分の馬鹿さにちょっとひいた。警察のひともちょっとひいていた。

***

ギターを弾けるようになりたいと思った。
ともだちに電話して、弾かないギターない?って聞いたら、一本あるって言われた。貸してあげるよって。
ギターを弾けるようになりたいと思った。
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