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 「交感神経と副交感神経がただいまゆっくり入れ替わっておりますのでしばらくいっしょにいてくださいませおねがいおねがい」、の代わりの言葉をさがしにでかける。退屈だから遊ぼうねだとかあんたなんか嫌い嫌いだとか、いろんな想像ができるのだけど、じゃあ私の口は一体どんな形に動いたのかといいますと、それはもう微動だにしなかったのですの。言葉を探してわふわふしていたわけでもないんですのよ。自分のセンスのなさを露呈するのを恐れるあまり、ですのよ。舌からでてくる気体はぜんぶ私の所有物でして、私は共産主義の良いところも悪いところもわからないのですの。その破綻の歴史もわからないのですの。私はだから人の袖を引っ張って「ただいま黄昏時でございますのでしばらくここにお座りください」と訴えるのですの。だけどじゃあ触れられない人間に対して君は一体全体どうするのだって、問われましたらば、喋るよってゆう。七年前ですけれどね、兄さんが、お前は面倒くさがりだから料理をするくらいならなにも食べないでいそうだ、な、と言われましたときも、わたくし、「料理するよ」と答えました。世界中のコンビニとファミレスが潰れましたら、そりゃあ、「料理するよ」。飢えても飢えても死なないなら食事は快楽でありましょうし、後ろめたい、ような、なんだよ、喋るよ。

 いつでも私に話しかけているように見えるすべてのものが、私に話しかけているわけではない、こと。それなのに私は言葉の意味よりもその言葉がどこに向かって飛んでいくのかばかり気にしてそわそわしている、こと。だからだれも私に「ご理解いただきどうもありがとうございます」と言わないこと、に安心していること。どうかどうか奇跡は起こらないままでいて、明日の朝も私の家に閉じ込められた猫と駅の改札は出会わないままでいる、ことを望むこと、が不確かなこと。雑踏の蠢きが生命の溌剌さに見えますか、永続的に続く醜悪な殺し合いに見えますか、という質問に「私を測らないでください」と答えることの、なんて無意味で、くだらなくて、わざとらしく、愉快なこと。私は楽しいことと楽しくないことだったら楽しいことが好き。楽しいことと楽しくないことのあいだに生れた虫みたいな。離婚することになったら私はママについていくね。

***

 文系に進みますとゆっているのに数Ⅲを教えて下さるこの学校はちょう鬼畜。土曜も夏休みも学校に来させようと示唆するこの学校はちょう鬼畜。「わたし生命科学を愛しておりますので理系に進みます」と言ったときに、「この馬鹿が」と言った去年の担任の先生はちょう冷静。数学ひどいものね。ニュートン読んでにやにやするからいいもん。私いまなら百人一首ぜんぶをそらんじることができるの。暇だから数Ⅲの時間におぼえてましたの。右隣の子がお前意味がわからないって言ったので、私は、まったくだ!と窓に話しかけましたことよ。勉強しなきゃいけないらしいのよ。私おべんきょうするの嫌いじゃないの。ただもっと好きなことが多すぎるだけで、朝眠るのとか、夜眠るのとか。
 
 偶然、フィッツジェラルドの短編集とドリアン・グレイの肖像を続けざまに読んだのだけれど、夢を持つのは若者の特権だとか、青春こそ至高だとか、脅されて、私の黒眼が右往左往。今、H2Oの想い出がいっぱいを聴いたら気を失う。コツコツ背中を小突いてくるその杖をどかしてください、気が気じゃないです、裁判長。
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