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 海を見るために電車を待っていた。ほんとうは学校に用事があったのに、だめだなあ。また迷惑をかけちゃうよ。だめだなあ。
 手の中には単語帳があった。せかいのどこかにいる人が使う言葉を、なにも思わずチラチラ眺めていた。海を見るための電車はあと五分でくるはずで、プラットホームにはだれもいないけれど、ベンチがないので立っていた。小さい駅だった。立っていた、手の中の単語帳をいじっていた。
 海なんか好きじゃない。私は海なんか好きじゃないけど、この時間が好きだ。ずっと電車なんかこなければいいんだ。電車に乗ったら、電車がとまらなければいいんだ。海なんか見たくない。海なんか好きじゃない。岸から見る海なんてたいくつだ。沖のほうで色が変わっている、渦ができている。潮の流れを突っ切っていく船のスクリュー。岸から見る海なんてたいくつだ。ひどい疎外感だ。だれかが背中を撃ってくれたら、わたし飛び込むのだけど。どぽんって落ちて、死んじゃうのだけど。ほら沖をみてよ。小さく波が立って、白いその端に、うつむいている人がいる。あそこまで泳げない。足元にずっと垂直に落ちて、すぐに死んじゃうよ。どうして海には深さがあるんだろう。表面だけで充分だのに。海をつまんでめくる絵、ダリの絵。あれを見たときに、私は、ふざけるなって思った。私だけが海を馬鹿にするんだ。海に独占欲を燃やす、相手はダリだよ、笑っちゃう。
 海に着くまでの電車の中で、帽子のつばを首元まで下げて目を瞑っていた。自分の呼吸が聞こえた。手の中の単語帳がわらわら紙らしく笑っていた。耳元でささやかなリストのピアノが流れていた。オーケストラはいやよ、あんなに壮大なものなんてない。
 気持ちが良かった。手探りで単語帳の中の一枚を小さく破いた。これで目を開けてもきみがわかるよ。どこかのだれかが使う言葉。あなたは私を知らない。
 雨みたいな匂いがする電車だった。家にいる猫が死ぬときを想像した。かなしくならないように、私は何度も何度もそれを想像している。そのくせ、私は猫が死んでも泣かない、ことに泣く予感がした。すべて事前に種を播いておく。私は醜くなるためになにかしているのかな。海を見に行くのかな。
 目を開けても雨は降っていなかった。傘を持っていないのでそれで良かった。投げ出した手が表を向いてぎこちなく縮こまっていた。死んでしまう虫みたいだった。爪の下の肉を見ていた。健やかであれと思った。なにがだろう。破いた紙には見覚えのない単語があった。はじめましてさようなら。海に行くのが好きで、私は、海に行くのが好きなんだ。日曜日が溶けて、混ざって、ゆらゆら広がって、昼も夜もなくなって、ただ電車が走り続ければいいと思う。夢のなかみたいに、ぜんぶが巻き込まれたらいい。灰色の夢。
 海に飛び込んだあいつは風邪をひかなかったなあ。飛び込んでみようかなあ。それしかコミュニケーションの方法はないのかもしれないじゃないか、そうだ、飛び込め。そうだ、いっちゃえ、そうだ、ああ、そうだ、石鹸がもうないんだった。買って帰ろう。そうだよ私は、いつでも帰るつもりでいるんだから。すてきで無為だ。たとえ私の指の一本一本が各々緊張したまま上を向いた形でポーズをとっていたのだとしても、無為だ、すてきだ。そうして指がなくなる日をぼんやり思うんだ。ううん、猫と指がいっぺんになくなったら、そのときはやめにしよう。私は石っころになろう。きっかけを事前に播いて、罠にかかるのを待つ日々。狙った場所の土を踏んで歩く日々。言葉はなんだって仮定してくれる。気持ちがいい、海に行く日曜日。明日も日曜日、それか月曜日。だけど今日は海を見に行った。
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虹色の風は虹から吹くか
坂のある非風景 2009-06-22-Mon 06:39
折れた後だからいうが、その恋は木でできていた 虹色の風は虹から吹くか 恋ならば服を脱ぐのではなく、影を脱ぐ必要があると詩人は言...
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