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 友川カズキというひとのライブを観にいった。開演前、壁際の椅子でうとうとしていたら横に座った男の人がなにか喋っていた。すこしも聞き取れなかったから、私に話しているのではないだろうという確信を持ってそちらを盗み見たらすごく目が合って、私に話していた。ふわふわした世間話をした。私は三秒に一回嘘をついた。おじさんは「会えてよかったよ」と言った。いつか、ユダヤ人の研究をしている工芸家とライブハウスで会ったら、私もそう言おうと思った。
 桜井さんが来たので桜井さんの隣に座った。アボカドとみかんを渡した。
 友川カズキが出てきて、たくさん喋って、死んだほうがよろしい、ってたくさん言っていた。友川カズキが歌ったとき、あまりに声が違うから、どこからきこえるんだ!と思って友川カズキを探したのだけれどどうやら友川カズキはひとりだった。おそろしいはなしだと思った。ドラムも鍵盤もめろめろでかっこよかった。めろめろだった。
 あと特になにも言うことはないけれども、友川カズキはかっこうよかった。
 外に出たら寒くて、首が引っこ抜けそうだった。背広ってあったかいんですかってきいたら桜井さんはぜんぜんって言ってた。そうなのかと思った。食事をした。グラタンがとてもおいしかった。アボカドのせいで鞄がしまらないので困って、がさがさ整理していたらプリントの束をホチキスでとめたのが折り曲がってよれよれになったのが出てきた。桜井さんが「ごみだ」って言った。私は、ちがうよ使うよと思って鞄に戻して、がさがさした。もういっかいそのごみみたいなのを取り出しとき、桜井さんが「ごみだ」って言った。ごみだと思った。
 船に乗って帰った。

***

 家まで電車で三十分、という乗換駅に、たぶん最終電車がやってきて、それは超満員だったので、乗れなくはなかったけれど、なんだかぼんやりした気持ちだったから、いいやと思って電車のドアが私を置いてしまっちゃうのを辛抱強く待った。電車が行ってしまったあとで、あららと思って駅を出た。
 久しぶりに降りる、光の少ない駅だった。ファストフード店の窓だけがぴかぴかと光っていた。あそこで眠ってしまおうと思ったけど、その駅にひとり知っている人がいるのを思い出した。時計を見たら一時をすこし回っていて、十歩分くらい迷ったけど、電話をかけて、もしもし、おひさしぶりです、今駅にいるんですけれど、コーヒーとか飲みません、って言った。三十分待ってて、と電話の向こうのひとがいった。
 もうバスが来ないバス停で本を読んで待っていたらそのひとが来た。おじさん、って言ったら、真夜中に社会人を呼び出す学生っていうのはね、サイテーだ、って言われた。自由人じゃないんですか、って言って、ごめんなさいって笑った。
 おじさんはおじさんの店の鍵を寄越しながら、中で座ってて、なんか甘いもの買ってくるから、と言った。本を読んで待っていたらおじさんがあんまんとケーキと栗をコンビニの袋に詰めて到着した。元気にしてんのかと訊かれて、学校やめちゃおうかしらと言ったら、今度こそかとおじさんは笑った。
 おじさんは私にあたたかい紅茶を淹れてくれて、自分はコーヒーを飲んでいた。部屋に音楽をつけてくれた。マレイ・ペライアのベートーベン、それが終わったらカザルスの無伴奏チェロだった。順番さえ変わらないのだなと思った。ピアノは上達しましたかって訊いたら、それなりにと言っていた。来年にでもどこかに行っちゃおうかと思っているっておじさんは言った。どこまで本気かわからなかったけど、それじゃ会えてよかったと言った。まあねとおじさんは言った。
 店の床にねっころがっていたらおじさんもねっころがっていた。不謹慎な言葉でしりとりをしようと言い出したのでその懐かしいゲームをした。三回目の「う」で私が思いつかなくて「うー、うー、」と言っていたら寝息が聞こえておじさんは寝ていた。ほんとに悪いことしたなと思った。いつも、思うには思っているんだよな、とひとりで思った。屋根をばちばち雨が叩く音がした。午後からアルバイトだから、帰らなきゃならないなと思って、時計を見たらもう電車は動いていた。
 机においてあった焦げ茶色のメモ帳にさがさないでくださいと書いて、あくびをして店を出た。ひどい雨だった。私の鼻先で夜を縫っていた針がぱきんと折れて、糸は散々ちぎれた。暴風は暴風なりに朝の眩しさだった。駅まで歩いて凍えた。室内には暖房が入っていたと気づいた。雨も降っていなかった。

***

 家に帰ってシャワーを浴びていたら電話がかかってきた。それはバイト先からで、台風がきているから今日は店を開けないと言われた。そうですかって電話を切った。窓の外では天気がうんうん唸って、あたり一面の糸を散々ちぎっていた。なんだか見送られる船に見えなくもなかった。
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慈姑 | URL | 2010-11-04-Thu 21:09 [編集]
アピア40、客席の椅子がすごくいいでしょう。
その週の月曜にそこでやる予定だったんです。サポートですが。

「いつも、思うには思っているんだよな、とひとりで思った」にぞくっときました。

また。
慈姑さん
藤野 | URL | 2010-11-06-Sat 01:58 [編集]
あの日のアピア40には椅子が溢れかえっていたんです。椅子には圧倒されてばかりでした。
入り口がいいなって思っていました。出られそうで。

そんなこと言われたらぞくぞくしちゃいます。

ありがとうございます。また。

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