• 09 «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • » 11
スポンサー広告
スポンサーサイト
-----------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
 とても嫌いだという理由で、とても好きだったひとがいて、きのう、久しぶりに会った。相変わらずきれいだった。きれいな鼻をしていたし、きれいなことを言った。ドブ川にさっと投げ入れられた真っ白いドジョウみたい。私はちょっとたまらない。
 ときどきひとを好きになるけれど、私はそんなとき、なるべくそのひとから才能を差し引こうとするし、なるべくそのひとの世界をじっと見ないようにする。だって私は他人の世界が欲しすぎる。ひとを憧れすぎるし、妬みすぎて、目が潰れるから、無残だ。だれかが見る世界がいつも欲しい。ねだってばかりいる。私は私の胃のなかにいっぴきの魚を飼いたい。世界で一番きれいなのがいい。そしてドブを飲んでいる。引き当てようとするみたいに。
 それがとても、かなしくなっちゃうから、あんまり私が、無残だから、それはあんまり私がかわいそうだから、だから、ひとを好きになるときになるべく柔らかな才能を削いで削いで、笑ったときのその睫毛の揺れる感じとかだけ残そうとして、そういう方法を昔から決めていたし、だけれども、うまくいったことなんて、そういえばないね。
 彼女は相変わらずきれいだった。夜に外を歩いているとなにか大きな呼吸が聞こえる気がするけれど、それはきっとこのひとのまばたきにあわせて行われていたのだろうな、とか横で見ていて思った。呟く直前のところの脳みそで、殺したーいよと考えたけれど、そんなことを思ってはいなかった。たとえば誰かの首を見ながら、手首を見ながら、怖いなと思う。触った途端に死んだらどうしようとか思う。サスペンスドラマにひとを殺すシーンがあるけれども、私はいつも、感心したりびっくりしたりする。そんなところをよく触れるなと思う。だからそんなこと思ってはいなかった。死ねばいいのにね、と思いながらそのひとの左斜め後ろをてくてく歩いた。彼女はいつもひとの右斜め前を歩く。
 カメラマンが両手の親指と人差し指で枠外の世界を切り落とすみたいに、彼女から才能を奪ってみた。頭の中で丁寧に、彼女から夢も幻も奪ってみた。皮も剥いだし、鼻も折った。それからじいと見た。私も、一生懸命なんだよ、と思った。私はまったくどうでもいいことを話しながら、まったくどうでもいい違うことを考えていた。私もね、一生懸命なんだよ、だって私はあなたを好きと認めなければ死んでしまうのじゃないかと思ったんだ、殺されてしまうと思うんだ、そんなのは脅迫なんだよ、わかる、ねえ、そんなのは脅迫だよ、死にたくないから好きなんだ、私は殺されたくなんかないんだよ、いつだって殺されたくなんかない。昨日買った野菜の話をしながら、私は、私の一生懸命さが笑える気がしたし、笑える気がしたけれど、そんなものには失敗して、つい真顔で私の話を聞いてしまったのだった。夜道に胸がしんとなった。つめたい気持ちになった。長生きするといいね、かわいそうで、それから一生懸命だって、ほんとにいうのなら。きちんとしなよ思った。ほんとうに、どうして生まれてからずっと、ままならなくてさ、おまえ、って、なんだか、ほろほろした気持ちになって、キャベツがね、すごく高くて、手が出せない、とか呟いた。
 嫌いなんだよ。全滅すればいいのに、あなたの細胞が、朝の光で。それだから好きだ。おんなじことだ。だって本当に好きなわけでも嫌いなわけでもない。私は私を生かしてあげたい。なんだっていいから、卑怯だっていいから、どうにかして生かしてあげたい。だけどときどき私は私をひょいと放り出したくなる。針山にひょいと放り込みたくなる。そして取り返しのつかないほど傷ついてしまえと思う。大嫌いだと言ってみろと思う。おんなじことだと思うなら、好きを嫌いにぜんぶ変えて、それから町を一周まわって、死ぬなら死んでみろよと思う。過保護なのだと思う。私はただ過保護で、私がなにか熱烈に好きなるということは、そういうことだ。快楽主義者だから、私はけっこう、ただただ犬だ。魚がほしいよ。
 だれかの世界にチューブを挿して、こっそりそれを吸いながら眠りたい、胎児みたいに、きもちわるい。そんなことはできないので私は不様だった。そう願ったからみじめだった。
 ふと硬直してしまうほど、そういっただれかへの眼差しが私を芯から脅かす。
 だけど、だけど、だけど私はそれでも、いいのじゃないかと思った。持っていなくてもいいのじゃないかと思った。そうやってはじめようと思った。それでもだめじゃないはずだよ思った。あなたに話しかけたかった。とてもそりゃあ無残だった。それでも居たい場所に居たいと思ったよ。それのなにがいけないのかと思ったよ。だめじゃないはずだよと思った。それは逆の言葉に書き換えられるほど、ぎりぎりの端っこのところだったけれど、選んだだけだったけれど、だめじゃないはずだよって思ったんだよ。私なんか血まみれになってしまえと思ったよ。許された気がしたよ。許してもらいたいと思ったよ。許してもらえるかもしれないと思ったし、許されなくてもいいと思ったよ。だから私は、だからだから私はとっても無残なことばっかするよ。炊きすぎたお米を腐らせてばかりいるよ、腐らせているよ、腐らせているよ。自分を特別だと思うことのほかに自分を溺愛する方法などあるのかと思った。それから、自分を溺愛することのほかに自分を特別にするなにかがあるのかって思った。それはね、そんなものは、ないよ。私にはないよ。ないと思ったから私はないと思うことからちゃんとはじめたいと思った。それでもどうにか恥ずかしさに叫びながらいたいと思った。いつだって安易に逃げ出す、私を、どうにか捕まえて、さっきの場所に叩き付けたいと思った。言葉が簡単だから間違いばかりしてしまう。同じように朝な夕な。私は私の私に対する最大の愛情で私を猶予してばかりいる。ぜんりょくであまえさせている。気管支を握りつぶしてあげたい。空気がざらざらするはずだ。
 なんか泣きたくなったよ。私はちょっとたまらなかったな。うさぎみたいなリズムでだれかが私の右斜め前を歩くから、私はちょっぴりたまらなかったな。憎らしいと思ったな。好きだったな。夜道を歩きながらここにいたいと思った。月明かりにだれかの後ろ髪がきらきらと光る、そこにいたいと思った。路地と路地の間に細長い空が見えて細長い雲が見えた。そんな場所に、いられるように、私は建物の側面を指先でなぞりながら歩いた。離れないように。指先はゆっくりと黒く汚れていった。
page top



管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
トラックバック URL
Copyright © 2017 八帖帳の犬. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。