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 階段を昇っていると、急に次の一歩が踏み出せなくなるときがあって、持ち上げた片足が宙ぶらりんで着地点を探している。私の踏もうとした次の一段は尊いはずの一段だったし、私の踏んだ一段は駅の改札に続く石くれだった。レとファとラが出ないような違和感と、代用のフラットの不協和音で、私のオルガンが鳴っていた。一階ずつ止まるエレベーターみたいに、大切にしたかった。思考と思考のあいだにマシュマロを詰めたかった。口の中を歯でいっぱいにしたかった。右手の小指を引っ張ると赤いランプが点いて、左手の親指を引っ張ると首がぐるんと回った。スイッチはふたつきりだった。私は、そのあいだの名前もない空白が、いなくなった次の一段が、私を見離しているのだって思い当たって、悲しかった。悲しかったけれど、私はだって、改札に行かなくちゃいけないのだから、階段は昇るためにあった。私は見離されているのだと思った。呆れられているのだと思った。小指と親指を交互に引っ張って大笑いしてる猿のおもちゃみたいなにんげんだから、呆れられているのだと思った。私の踏みたい次の一段に、私の足の裏側が探した一段に。でも、どう考えたって、駅の階段の次の一段は駅の階段なんだよ。ばかだな。駅の階段に見離されたら今より困っちゃうくせに、ばかだな。
 目の前を泳ぐ魚を見ながら、魚が泳ぐということについて考えたいんじゃなかった。水槽に十本の指を圧し付けて、その十本の指の十しかない文字で挨拶したかった。魚に。明かりの乏しい部屋の隅っこで、水槽に十本指を圧し付けて、魚を見て、会話を望んで、それで、私は他のなにもかもに目もくれず、答えを待ちたかった。部屋の外では何度も朝が来て、秋や冬が来て、車は空だって飛ぶようになって、貧困も紛争も消え去って、それで、まだ私は骨が浮かび上がった両手で部屋の隅で魚の水槽に指を圧し付けていたかった。それを勲章にしたかった。もうずっと、魚、きみのことを考えている。たった十文字伝えるために。たった五文字の返事が欲しいだけで。そうやっていつか、誇らしく言いたかった。私は魚のことを考えられる人間なのですって。豆電球みたいに単細胞だけど、目の前のもののためにだけのものになれるって。一グラムの普遍性も持たない、魚のための骨になれるって。でも、だから、魚だってなんだってよかった。机の上で腐った魚の切り身だってよかった。その隣のシャーペンでも。その隣のホチキスでも。神様なんて文房具だった。魚の切り身だった。水槽の中の冷たい魚だった。水槽は冷たくて、指先はいつも冷たくて、私は魚は魚であると知っていたし、私はけっして魚のための私になんてなれないことも知っていた。視界はだっていつもとても明瞭だった。水槽の下の畳のささくれだっていつもはっきり見えた。壁の染みだって、日に反射する埃だって見えた。だから私は魚のための私じゃなかった。私は私のために小指と親指を交互に引っ張る猿のおもちゃだった。それでも目の前にいるあなたのことを考えたかった。魚のことさえ考えられない私はだけどだれかについてだれかのために歌いたかった。役立たずの薬指を証明したかった。あるはずの次の一段を探したかった。私は信じていた、信じてる、天国と閻魔さまとエルドラドくらいには信じてる。後ろから刺してほしい。ぎざぎざした包丁で。それで私は振り向いて、あなたを憎みたい。それだからあなたをだいすきって言って。ばか。刺されたくなんかない。ばか。だいきらい。皮膚と皮膚できちんといたい。皮膚と水槽、皮膚と太陽。私が、針を刺したらゴムの塊になるような、風船みたいな、ものならよかった。血を願ってる、ばかだから、完結した指先を慈しめるような、風船だったらよかった。紐を離してしまった子供が見上げる先で、おそろしいスピードで高度を増す非情な風船。子供の黒い目を手離して、さようならおだいじにって挨拶して、空を見上げた無表情の子供と、お互いを手離して、別々の、神様とわたしはべつべつの人間になりたい。さようならおだいじに。冷えた指先を舐める。挨拶の仕方をいつも間違えた。挨拶をするための弱視だった。私はもう信じていない、信じていない、のだと思うな。会えなかったすべてのもの、言えなかったすべての十文字の、墓標に、この指の一本をあげる。右手の小指をあげる。赤いランプは追悼のランプになるだろう。だからさようなら。おだいじに。お互いが死んだって構わないから、わたしたちはおだいじにと言うことができた。
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