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降り終わった雪に死んだ日の話
2010-01-24-Sun トラックバック : 1  コメント : 0
 小学1年生のとき、母が、この子たくさん漢字が読めるのよ、とだれかに話しながら、そこらじゅうの漢字を指差しまくった。私はにこにこして「えび」とか「かも」とか言って、知らない女の人がすごいねぇと笑った。レストランだった。大きな窓の向こうを犬の散歩をする老人が歩いていって、私はそれを憎いと思って無性にいらいらしてストローを噛み潰した。「私こんなに隈のある子供はじめて見た」と私に言って笑った、児童館の綺麗なお姉さん、の綺麗な顔を思い出して笑うのは楽しかった。楽しくないのに体中の関節をねじって笑うのは頭が痛くなるほど気持ちが、悪かった。 
 私の背中や爪はガサガサととがっている気がしたので、私はなるべくズタズタに引き裂いてやろうと思って自分の喉を握って歩いていた。ナイフを隠しながら店に入るように、ズタズタにしてやろうと睨み付けて町を歩いていた。いつも足下は細く尖っていた。父が怖いと思った。兄を見ていた私は、きちんとして、勉強をしたり、微笑んだりして、そのくせいつだって間違ったやつをズタズタにしてやる気概で、電気を消した部屋で寝ないでいた。いつもみんな怖かった。私をひっかく気でいるなら、殴りつけてやると思っていた。嫌われたら嫌いになった。きらいだった。あの子もこの子も、父も、母も、玄関も、兄さんも、きらいだった。先生も、電柱も、汚い空も、校庭も、きらいだった。ズタズタになれと思った。兄は痛そうだった。兄は死ぬだろうと思った。きっといつかベランダから飛び降りるんだと思った。あのひと要領が悪いと思った。玄関に近付くすべての足音が怖かった。兄と私だけの静かな家に、ときどき聞こえるそれは怖かった。ほんとうは兄に後ろめたかった。だから嫌いだった。兄さんも私のことを憎んでるだろうと思った。私が兄さんのことを嫌いなのよりもずっとずっと真剣に兄さんは私のことを嫌いだと信じていた。
 
 兄さんが中学生になった、冬に、兄さんは私の部屋のドアをガシャンと開けて、「雪が降ってる!」と言った。私はベッドの中にいて、びっくりして声も出なかった。兄さんはずかずか私の部屋にはいってきてカーテンを開けた。寝坊した土曜だった。外は雪で白かった。私はいそいで、ほんとうだ、と言った。兄さんは笑っていた。「外に行く用事をつくらないと」と言って笑っていた。突拍子もない、と思った。
 この朝を忘れられないかもしれないと思って、兄さんが出ていったあと少しだけ泣いた。雪がきらきらして近所の子供の声が聞こえていた。兄さんはどうして雪が降ったら笑えるんだろうと思った。私はあの人が好きだと思った。好きだと思った。雪が好きな人は好きだと思った。私なんて消えてしまえと思った。だいすきだった。私はなにかをズタズタにできるようなものをなにも持っていなかったし、いつもなにもしなかったけれど、それでも一生懸命傷つけたものはあったし、傷ついたものはあったと思う。私の傷つけたものが好きだった。大嫌いだった。私は私が私だけを好きなのだと思っていた。それはそのとおりだった。でもさまざまなものを嫌いになる理由はさまざまに否定されもした。憎らしくってあいらしかった。剥がされて、抜け落ちてしまったような朝だった。雪の眩しさだけが明るい、薄暗い部屋で、毛布にくるまって、正方形の天井をみた。許されているんだろうかと思った。私は許されるだろうかと思った。昨日の続きを指の爪が今日も伸びていた。起き出したくなかった、もうずっと、この毛布の中にいて、ぐずぐすと屑になって砕け散ってつちくれのような星になりたかった。そのくらいこうふくだった。
 雪だった。世界には雪が降っただけだった。それは冬だったからだし、十ヶ月たてばまた冬はきた。特別でない朝だった。冬でなくてもよかった。雪でなくても。私が私でなくても。朝が朝でなくても。それは傷ではなかった。穴でもなく私は痛んでなかった。欠けることのない身体でいた。傷ついたことなんかなかった。逆さに吊るしあげることは、コンパスや、兎や、秘密を、逆さに吊るそうとすることは、お祈りではなかった。だから成就ではなかった。ただそのとき首を絞められただけだった。雪の影に座り込んで百年眠ったように体の先が冷たかった。私のからだが透明ならよかった。雪の光が貫通すればよかった。私の体は透けないけれどだいじょうぶだと思った。鈍い肌色だけれど、と思った。醜くてごめんなさい、どうにもきらきらしい窓の外だった。だれもいなかったけれど、それらがとても不自然ですきだった。なにかが不自然だった。それは遠く外で子供の笑い声が聞こえているからだった。私の眠っている間に外がもう昼になっていて、とっくに起き出した彼や彼女が雪を投げ合って遊んでいたからだった。もうすぐ正午だった。窓の外を見ていた。劇的でなく、私はやさしくもなれなかった。遅く起きた日の違和感だけが薄暗くほのあかるくあった。
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雪の朝の静かな惨劇
坂のある非風景 2010-01-25-Mon 01:57
語り直すべき語りをその日も沈黙に託していた。半分だけ届く、それが言葉だろうし、それが言葉であるうちに残り半分を、たぶん語られるこ...
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