スポンサー広告
スポンサーサイト
-----------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
 学校がはじまって、でも全然行けてなくて、体力がね!って思った。体力がないからね!って。起きたら夕方だった日に、あーあと思いながらベッドで頭を毛布にこすりつける仕事をしていたら、友人から電話がかかってきて、「しっかりしろよ」と言われた。その優しさにあまりに感動したから、だいすき!って言ったら、「そういうのいいから」って言われた。あいらぶ!って言ったら電話を切られた。くーる!
 布団はぬくくて友達はクールで、秋で、なんかもう最高じゃーないかーとか思って、気持ちよくって二度寝した。起きたら次の日の、一限に間に合わない時間で、自分の睡眠の才能にぞっとした。

***
 
 早稲田松竹でアンゲロプロス監督『ユリシーズの瞳』を見た。霧の中のシーンでなんにも見えないのに霧を撮っているから、映画ってたのしいなって思った。霧の中で銃声がばんばん響いていて、映画っておもしろいなって思った。

***

 騒がしくって煙たい、大衆食堂で、キャベツの千切りをぽりぽり噛みながら、ついていたテレビを見ていた。
 ハンガリーで有害廃棄物を溜めていた池が決壊して、町に赤い泥が流れだして、死傷者多数、というニュースが流れていて、町の様子が映されていて、そこでは壁や道路が赤茶色に塗りこめられていて、草木もすべてエンジ色で、なんか、綺麗だな、とか思った。私の真後ろにいた女の人二人が、うわー、ご飯まずくなる、と言った。カウンターに座っていた、私とふたつ離れた席に座っていた男の人が、だけどこれが本当なんだよ、と隣のひとに話していた。これが本当の姿なんだよ、本来なんだよ、ごまかしているだけでさ。と言った。私はもう一度テレビ画面を見て、キャベツを見た。それは、だれもがだれかに優しく扱われているのだということ、だろうか、と思った。ちがうだろうな、と思った。ぽりぽり噛んで、水を飲んだ。
 私たちはまるきり、すべて整然とこなしてしまうけれど、本当は赤い泥に塗りこめられた姿かたちでいるのだろうかって考えた。帰り道、真っ暗い道で、浮き上がる横断歩道の向こうに信号機が光っていた。降り注いだエンジの泥がその信号機をうずめてしまうときを想像して、青いランプが光るのを待った。電線や、植えられた草木を見て、空を見たら星がじっと動かなかった。なにが本当でもいいけれど。赤く溶けてしまうのが本来だったとして、本当のことがいったい、なんなのかと思った。私が馬鹿みたいなことを言ったら、それは馬鹿みたいなことなんだよ。だれかが馬鹿みたいなことを言っていたら、それは馬鹿みたいなことなんだよ。そうだと言ってほしかった。本当のことだなんて言ってるから。
 ガードレールの輪郭が車のライトに照らされてきゅっと光るとき、私はそれ以外のことをなんにも知れない。希望は燃え尽きたと言ったひとがいた。それならそうなんだろう。私はそれだっていい。口のなかに口内炎ができていて痛かった。遠くでサイレンが聞こえた。青になって赤になった信号機を見ていた。
 そこは素敵な場所だった。ひんやりと巨大な両手が私の耳を光といっしょに塞いでくれる。なにもかもが複数で、そのぶんずっと単数で、私はいくつか匂いのする空気を吸いながら、いつもなにに迷えばいいかわからない。いつでも、どこにも帰らなくていいんだって、そんなことばかり必死に思っていた。
スポンサーサイト
page top
Copyright © 2017 八帖帳の犬. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。