スポンサー広告
スポンサーサイト
-----------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
日記
マッシュポテト・セレナーデ
2010-03-20-Sat トラックバック : 0  コメント : 2
 上野に行って長谷川等伯を観てきた。思っていたよりもたくさん展示物があって、思っていたよりもたくさん人がいて、思っていたよりだいぶんくたくたになってしまった。霧がかっていて、なんにもないところに川とか山とか岸とか見えるのはすごいなあと思ったし、見えない岸は見えないのにほんとうにきれいだなあと思ったはずなのだけど、電車に乗りながら思い返せるのは屏風の表面にあった窪みだけだった。柳の屏風の表面が、ちょっとだけ、カシューナッツの形に欠けていて、その黒と金の混じりあった傷を私はあんまり見ていたものだから、それしかきちんと思い出せなくなっちゃったのでした。

***

 上野公園でラムネを買って飲んだ。嘘みたいだけどほんとう。ラムネに挨拶。

***

 愛ってほんとうにどこにもないよねと笑いあった瞬間になんだか楽しくなってしまったり、笑ってる自分にちょっと照れたり、次の約束もせずに別れて、淋しくなったり、するの。猫を抱いて眠りながら、猫の耳を唇でいじくりながら、このまま滅亡してしまっていいと思ったり、明日は映画を観に行こうと思ったり、するの。あすの朝、私の生活が火炎放射器で燃やし尽くされたとして、私はそれでもきみのことをなんとなく判別できるよと言ってあげたいの。私の生活に、私の町並みに、私に、私の愛する私に、きみをどことなく知っているよと言ってあげたいの。私に言ってあげたいの。たとえきみが空き缶でも、空き缶だったペットボトルでも、ペットボトルだった新幹線でもいいの。私の愛する私や、私の愛するあなたに言いたいの。それはもしかして空想なのだけど。上流を流れる川が下流でまだ川のままであったりとか、そんな変わらないものはいいの。だってよくわからないもの。なにもかもよくわからないもの。ふざけて、私にはわからないことを書き出したら、それがすべてであったの。右も左もわからなくって、でも欲しいのは教条じゃなくて、焼け野原に立ちながらでも認められる平日のような朝だった。昨日をハンマーで殺されてもそのあとにある雨が降るような朝だった。三千年前か、もしくは昨日に、私たちはキスをしましたねと言って、でもあなたのことなんか知らないって言って、キスをしたいの。知らない人の影を踏みながら駅の階段を登って、そのてっぺんでキスをしたいの。そのための嘘とか、嘘じゃなかったら、言い訳とか、言い訳じゃなかったら、七月の短冊とか、そういうものをつくろうとしてキッチンにはいってできたものはやっぱりマッシュポテトだよ。ほんとうはそんなのはいらないんだ。ほんとうはマッシュポテトでいいんだ。欲しいものがあるのは、欲しいものがあるというだけで、そしてマッシュポテトはマッシュポテトだ。食欲は食欲だし、物欲は物欲で、深夜に打つ雨みたいにあなたが好きだ。夕方にはかさぶたになる切り傷みたいにあなたが好きだ。そういったもので景色を覚えようとしている、そんなものは、人間を好きになることと違うよって、そうなんだ、私は私が好きで、それでもって、いっしょうけんめい、慈しんでいるよ。そうなんだ、ジグソーパズルみたいに地球がばらばらになっても、明日ここにいたい。それはここが好きだからというわけではなくて、あるいは、好きだけれど、けれど、私は覚えているよと言って私を抱きしめてあげたいだけで、私は私の蛇口を、私の猫を、私の駅を、なにひとつ私のものではない、私ひとりきりの、私の、私の地球を抱きしめてあげたい。それでもってマッシュポテトや鯖缶を箸でつつきながらあなたを、あなたを、あなたや、あなたを、私、好きに、こんな、好きでもいいなら、好きに、好きになりたいよ。
スポンサーサイト
page top
Copyright © 2017 八帖帳の犬. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。