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 レポートをちゃんと提出できた。よかった。ちょっと、間に合わないと思っていた。

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 祖母に電話をして母の着物を4,5枚送ってもらった。母は六人兄弟の末っ子だけれど、祖母は娘が嫁ぐときには必ず着物を何枚も何枚もつくったそうだ。母はぜんぶ置いて東京に来てしまったみたいだけれど。母さんは私がとても小さいころ、「貧乏人のところに嫁いじゃった」と言って笑っていた。
 送ってもらった着物を干した。私の通う高校は卒業生は卒業式に袴で来るのがふつうだから、準備をしなくてはならない。着物は送ってもらえてよかったけど、袴は呉服屋さんに借りに行かなければならないから、予約しなきゃならないのだけど、面倒がっていたら、夏が終わってしまった。まずい。母さんに電話をした。やさしかった。

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 信じられるとか信じられないとか、いうのは、一人で立ったり笑ったりするかどうかに関係しているのかなあ。「マスコミや、常識や、世間なんて、信じないよ!」という人がいて、それはマスコミや常識や世間の中身がいつもたったひとりでないからなのかなあ。それはたぶん、違う、のだろうけど。信じられないと言うのと嫌いと言うのはなにが違うんだろう。私が信じるものがあるとすればそれは好きなものだと思うけれど、もう信じるとか信じないなんてどこにもなくなっちゃったのかもしれないなぁなんて。
 ぴかぴかと光る朝に大好きなアミちゃんに「おはよう」って声をかけたらアミちゃんが突然みょんみょんと分裂を始めて15人のアミちゃんになっちゃったらどうしよう。もうアミちゃんのこと好きじゃなくなっちゃうかなあ。ケンケンとうるさい午後に大好きなワンコに「ごきげんよう」って話しかけたらいきなりみょんみょんって分裂して赤と緑のワンコになってしまったらどうしよう。もうワンコなんて信じないかなあ。私の好きだったのはきっと赤のワンコの方ねだなんて思うのかなあ。なんでいつもこんなに一人や一匹を好きになりたいのかなあ。15人のアミちゃんを15人のアミちゃんとして好きになれなかったらアミちゃんは消えていなくなってしまうかなあ。だけど誰かがアミちゃんだったらあとの14人が泣いちゃうもんね!わからないよ!じゃあなにを好きになるのかなあ。細胞を探しに行かなきゃならないのかなあ。
 赤と緑のワンコがちぐはぐな方向に町を下りだしたら困っちゃう。ばいばいって言って私はおうちに帰るよ。昔ワンコだったからって理由だけで今も好きだよ。だれも私もそんなの求めない気がするけど、だって、それ以上なにかを必要とする方法や、必要とされる方法が、よくわからないよ。ばいばいって言っておうちに帰ってひとりぶんの夕食をつくって今日も向かいのマンションのカーテン色の光の数を数えてすやすや眠る。アミちゃんが八百万人に増えちゃってもそのせいでアミちゃんが悲しまなければいいのに。
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