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 (だけど)誰かが泣きだしたときに、私は笑うべきなのかどうなのかわからないでいる。私は笑いたいとき笑おうと思う。いっしょに泣いて欲しい人を、笑って傷つけると思う。だけど私は笑いたいときに笑おうと思う。私そんなこといつもうまくできないけど、きっとうまくできないけど。いつもうまくできないけど。お大事にねって、そんな言葉を知っているけど。

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 なつやすみなのに毎日学校で教鞭を執ってくださる先生が、「僕はお前たちなんかよりうちの子のほうが百万倍可愛いのに!」とか叫びだしたから私はあの先生をひゃくまんばいくらい好きになりました。まだ小さい二人の子供がパパ遊んでくださいっていうのを振り切って学校で三時間も黒板叩いて、「僕はお前らなんかよりうちの子供がずっとずっとずっと可愛いんだよ!」とかそんな当たり前のことを叫びだしたら素敵。ほんとうにいきなり、脈絡なく、脈絡なく当たり前なことを言いだしたので私は動揺してシャーペンの芯をぽきぽき折った。みんな叫べばいいと思う。「うちの子供の方が百万倍好きなんだよ」って当たり前でみんな知っていることを大きな声で叫んでみんなで再確認して私はシャーペンの芯をぽきぽき折ってしまえばいいよ。みんな会いたい人に会ったりおうちでドラクエやったり、そのために走りだしてしまったり、それから、「それができない!」っていう不満とか叫びだせばいいと思う。
 みんなあははと笑ってお話はすぐに文明の興亡に戻り、だれも後から後から叫びだしたりはしなかったし、私もしなかったのだけど、どこかで絶叫合戦が始まったら私はなんて言おうかなあ、とか考えていて、ノートが白い。そんなこと言ったってしょうがないでしょう、ってみんなで笑いあったり、笑わなくてもいいけど、「空が飛びたいね!」ってすてきだね。どうしようもないことをみんなが一斉に話し出したらどうするんだろう。なんだか私はそれだって別にいいのじゃないかなと思うし、それが絶望的なほど会話というものでなかったとしても、私はそれだって別にいいのじゃないかなと思う。 「戦争がなくなればいいね」「戦争はなくならないよ」「死にたい」「死ねばいい」「死にたいな」「死ねばいいね」って何百年でも繰り返して、それでも先生が「お前らの顔より子供の顔が見たいんだよ」って言った時みんなあははって笑っていたんだから、だから。荒唐無稽を笑うささやかさが、頭悪くても、返答以外に誰かがなにかを話したら、ときどき楽しい。せめて冗談を言って笑おうよって、フランスの歌手は言っていたけど、なんでも冗談にしてしまって、それは寂しいけど、冗談を笑いあって、それだっていいからみんな立ち上がって不毛なことを言い合えばいいよ。私はそれで嬉しくなると思う。誰も誰にもなにもしてあげられないのだから、きっとなにもできないのだから、だからもういいんじゃないかと思うよ。それで、どうにもなんないねって言って僕たち馬鹿だねって、馬鹿やってたっていいと思う。暑い暑い暑い暑いって五万回囁いてよ!私が夏を終わらせるから!ってだれも信じないで、馬鹿になって馬鹿になって夏をみんな、ひとりひとり、夏を越していくんだから。
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