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日記
レイニー・レイニー・レイニー
2009-06-05-Fri トラックバック : 0  コメント : 2
 アウフヘーベンという言葉のなかにふたりのひとがくるくるしている。老成したアウフ爺と若くて綺麗なヘーベン。ヘーベンは弓の名手、鉄の矢を番えてアウフ爺を撃って撃って撃つよ。アウフ爺はパスパスに渇いた声で砂を吐くように叫んで、コニャックをヘーベンに引っかけて、乾杯!って、死んで、ヘーベンのコニャックをかけられた部位からは無数の若芽が伸びて、ヘーベンはその異様な黄緑に呑み込まれて、アウフビーダゼン!って叫んで、って、目が覚めた。
授業中、現代社会、わたしだめかもしんない。アウフ爺?
 以前ちょっとだけ(ほんのちょっとだけ)ドイツ語を習っていたのだけど、結局なにも身についてないよ、悲しすぎるね。ヘーベン君はギリシア人だったしアウフ爺はロシア人だったよ。なんでドイツ語の中身がドイツ人じゃないんだ。現代社会の時間はわたしなんにもしていない。
 高校一年生の頃にたまたま喫茶店で宗教学の大学教授と知り合って、テトラグラマトンてくまくまやこん言ってたら顔を覚えてくださって、しばらくヘブライ語を教わっていたのだけど、ほんのほんのすこしも覚えていない。私は言語に向かないんだもの。ざんねんむねん。雨に唄えばを歌っていたら帰国子女の女の子に発音を注意されたよ!でも、雨にぬれてもを歌ったよ!また発音を注意されたよ!
教授にあいたい。海のむこうにいっちゃった。ヘブライ語はさみしいことば。

***

 ランドセルを背負った小学校低学年、くらいの男の子が雨に濡れていて、それよりすこし年上みたいな男の子が傘をあげていた。それを見てびっくりして、この流れでいくと私があの男の子に傘をあげて、それでどこかのお兄さんやお姉さんに傘をもらい、それからその天使のような御仁はどこかのおじさまやおばさまに傘をもらうのだな!(ねんこうじょれつじゃなくてもいいよ)!よし!と思ったけど、私傘持っていなかった。
 ランドセルを頭の上に乗っけて走っていく男の子を見ながら、私は、切断した、と思った。
切断していていいと思う。それでいいと思う、けど、ほんとうはいけないかもしれない。「できることならね」、から始まるたくさんのこと。誰かに影響するような、柄のついた、雨の日に使えるような、なにかあったらね。それはそれで、どこかに繋がって、最後は地球の裏側に行けるかもしれなくって、そういう野望を持つこともできるかもしれなくって、私は望めるものならなんだって望むのだけど。
 傘を買って帰ってきた。でも誰かのための傘じゃないし、必要なのは傘じゃないし、だから、だけど、傘は傘で私の生活に必要だと気付いたよ。梅雨になりましょうし。

***

 雨の日はなにか書きたくなることが多い気がする。だらだら書く。だめです。
 なんだか頭が良くなりたいような、とっても馬鹿になりたいような。いつだって迷ってしまっている。だって賢い人も、馬鹿な人も、大好きなんだもん。それに、たぶんときどき、大嫌いなんだ。分化していく枝の、幹のあたりでうとうとしていたい。植物か動物かわからないような微生物になりたい。生命か物体かわからないようなウィルスになりたい。だけどだれにも近付けないから、たぶんときどき、大嫌いなんだ。
(じゅけんせいは あたまよくなりたいって 言っときゃいいのだ。)
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