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キリギリスには死ぬ義務がある
2009-04-20-Mon トラックバック : 0  コメント : 4
 休み時間も机にかじりついて物理や数学に勤しんでいる男の子がいた。私は、面白いんだろうか、と思って、彼に聞いたのだけど、彼は、こんなの面白いわけない、と言っていた。受験のためなのだそうだ。今の時期ならともかく、あれは確か高校一年生の秋だったので、私は少し面食らって、だけど、そんなものかと思った。
「あんたってふらふらしてるよね」と彼は私に言って、私はふらふらしているというのが、一体何を表わしているのかよくわからなくて、たとえばそれは私が音楽を聴くことだろうか、と思って、よくわからないけど、私は彼に音楽を聴くかどうかたずねて、でも彼は音楽は聴かないと答えた。本も読まないし映画も観ないし漫画にもテレビにもゲームにもスポーツにも手を出さないという。それで物理も数学も楽しくないなら、いったいぜんたいこの人はどうやって、と正直びっくりして、だけどその秘密は聞かないでおこうと思った。
彼は「遊んでる暇がないんだから」と言った。私は、学生時代に暇がないなんて言う人間はこれから先ずっと暇になんかならないんじゃないか、と言おうとしたけれど、それもやめた。
 それで、そんな話をしてからしばらくして、ひとりの教師がその男の子に、「個性を育みなさい」とか「視野が狭いままじゃだめだ」とか「このままじゃいけない」とか、そんなことを語りかけているのを見て、私はなんだか悲しくなって、一瞬腹が立ったけど、私が怒るのはおかしいし、だけどその教師は私が美術館に行くために午後の授業をさぼるのを笑顔で送り出した人間なので、私はなんだか悲しくなった。私にも彼に言ったことと同じことを言えばいいのに。私にも「つまらない人間になってしまうよ」と言えばいいんだ。
 
 私も、あの机にかじりついていた彼もおんなじなのだ。実務的な人間なのだ。彼は「遊んでる暇なんてない」と言ったけれど、私は「勉強してる暇なんてない」と思っていた。きっと脅迫されてるように本を読んだり絵画を観たりしていた。私も彼もおんなじだったと思う。この世のどこかで楽しんでる人がいるのを知って、彼は羨ましくないんだろうか。私は羨ましい。ロマンティックな人間になりたい。
 私は私のそういう、どうしようもなく対外的な性質が、割と嫌いだけれど、でも彼のことは嫌いじゃない。彼は良い大学へ行くことが世の中にある最良のことだと思っているだろうし、そして自分のためにしている。私はだれかに向けてしているから、嫌になる。嫌になるというか、とても恥ずかしくて、私はずっと恥ずかしい。勉強ばっかりしてないで、個性を育みなさい、なんて言葉が叫ばれたら、私はお腹がぐるぐるする。そんな言葉は私になんの関係もないけれど、間接的に私を正当化してしまうようで、私は更にポーズを取りたくなってしまうので、危ないミスリードだ。なんでそんな罠をしかけてくるんだろう、怖いよ。
 彼は幸せになろうとしている、酔ってなくて、素面で、とっても現実的で、正しいんだ。こっちが全部正しいわけはない。とくに私。私はなんとなく、彼の世界で成功しても、私の好きな人たちは褒めてくれない気がしている、というだけで、私はとにかく、彼よりずっと子供なんだ。
 だから彼のことを苦笑いしながらしか肯定しない教師やクラスメイトに私の内臓見せてあげたいけど、誰も私のことや彼のことをそんなに真剣に考えていないので私も腹は立てない。だけど彼は恵まれないな、恵まれた時代に生まれてしまって、彼の正しさが霞んでしまう。この世界はずいぶんわたしに甘いのだな。アリとキリギリスの童話なら、みんなアリが正しいって言うのに。キリギリスは冬の前にバイオリンを弾いていたのを知っているくせに。なんだかおかしなことになったのだなあ。
 でもこれはたぶん、私の周囲の甘ったるいところだけの話で、本当はまだまだアリ優勢で、そしてそこに放られたら私はやっと恥ずかしくなくなって、バイオリンとか弾けるのだけど。
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