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日記
夏に兆しする犬の不首尾
2009-04-28-Tue トラックバック : 0  コメント : 0
 昨日はゆっくり起床して、歯を磨きながら勉強をしよう!と決心。図書館に行き、坂口安吾とモームをはむはむ読む。はむはむ。それからふと、月曜日だったことに気付く。学校がとおい。とてもだめだと思う、とてもだめだと。
 坂口安吾には血が流れてるのにあの人の書く小説はあんまり血の気がなく、でも坂口安吾はムキムキだ。舞台に立ってるって、ぜったい忘れない、わあ、大人。
 人間の性質に属するようなものは甘くて優しくて美味しいのは当たり前で、弱いも醜いも人間につく形容詞でなくて、弱い人間なんていなくて、みんなみんな、同じ種類に生きていて、私、人間の脳みそを愛さなきゃいけない。思想だけが個人で、心に寄り添うものは、隣の人にも寄り添う。私の趣味は快楽読書だけど、たまには頭使わなきゃならないんだろう。建設的な、とかそういう。楽しくなくても、虚無は思想でないそうだし、私は本当は、心で生きていかなくても、大丈夫なんだろうし。そういうこともしなくちゃあ。と、叱られて思った。
 
 だけどやっぱり、私はどんなに狭くても、小さくても、不毛でも、誰かにとって本当に苦しかったり、本当に近しいことを考えていたくて、誰かにとっての救いや脅威の話を聞いていたくて、私は、だから、人間未満だから、自分の役割を持つような思想が持てない。未来は小さいものを省くんだもの。どうしようもないことにだけ噛みついている。ダダをこねるのも作業です。飲み込むべきが飲み込めないのは犬です。

***

 私、わからないことをわからないとしか言いたくなくって、黙っていようと思った。草とか魚のような女の子になりたいと思った。だけど無理で、結局私はあちこちにガンガンぶつかりまくってあらゆるものを攻撃しようとする破壊衝動のかたまりになって、私は「なにか言うべきだ」と思った。口から出すべきなんだ、じゃないと痣だらけになっちゃう、と思った。誰かに酷いことを言う機械になっちゃう、と思った。だけどやっぱり、どうなんだろう。「わかんないんですけど、」と言いながら何かを話すことは、卑怯ではないかなあ。すごくずるくはないかなあ。
 「私は醜いから」とか、「優しくないから」とか、「わからないけど」「くだらないけど」「アタマ悪くて」、というような枕詞を使わずに何か言ってごらんと言われたら、私慌てて口パクパクして「神様が」とか曖昧なことを喋りだすだろう。私は、少しでもなにか具体的なことを言いたいと思うなら、そういう枕詞は必須だと思っていて、それが少しでも具体的になるための努力なら、許される、気もしていたけど、やっぱりズルはズル、かもしれない、うーん。そういうことが許されるだけの優しさに、どこまで甘えていいだろう。うーん、あーん、自分の相手ばかりしてる。私は私にばっか愛を囁きまくって、なんだか恥ずかしいよ。恥ずかしくってたまらないよ。悪いことを見つけられても、罰せられないっていう状況は、気まずいんだと思う。それはぜんぜん関係ない話。
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