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文章
In A Box(箱の中の悪魔信仰)
2009-03-29-Sun トラックバック : 0  コメント : 0
 たとえばここに箱があるとして、きみがそれに入るとして、私がその上に乗るとして、第三者が箱ごと君を突き刺したとして、私はぺしゃんこになった箱の上でじめじめ泣くとする。ここで問題になるのはつまり、箱がそこにある必然は、という。
 きみは私の腕の中で死ぬのではいけないのだろうか。私は何故冷たい箱の上で足をぶらぶらさせていなければならないのだ。せっかく私もきみも有機体でできていて、木のようにぬくもりある体をもっているというのに、何故私の血管ときみの血管を繋ぐとどちらも死んでしまう、みたいな、そんな噂が世の中を席巻しているのだ?
 私にはまったく、どうにも不気味なように思える。私は幸い学生だったために、教師に質問したのだった。彼は私のスカートの長さを褒めてから(私のスカートは模範的な長さだったが、そのころクラスメートはスカートを切り詰めて切り詰めてギリギリの快楽を得ようとしていた)、「別々のものは交わらないのだよ」と言った。彼はそのとき人差し指で地下を指し、ぐるぐると回した。彼は理科の教師であったから、おそらくそれは『水と油のようにね』というジェスチャアだったのだろう。
 果たして私と他人というものは水と油ほどに違うものなのだろうか。どちらかがそんなにも清廉で、どちらかがそんなにも醜くなければならないのだろうか。私は不満だった。ひどく不安だった。そんな風に個体を確立される世界で生きていけないと思った。「ぼくは水だけどきみは油だからぼくたちは永遠に交われない」。恐怖は交われないことではない、私は油と規定されたくない、水と言われたくもない、混ざれないひとつの沸点と融点を持つ液体だなんて、そのぜつぼうの名は?
 いつしか私の手足は伸びて、自然のように恋人ができたが、私は彼のことが好きではなく、おそらく彼も同じだったと思う。「わかりあうこと」はメルヘンなのだとみんな知っているかのような顔でいたが、私はなお不満だった。みんな何を知っているというのだ、なにを訳知り顔に。私だけが分からないわけでもあるまいに、わたしだけがいつまでも物わかりの悪い子供のように世界に眉を顰められている。「みんなわかんないのは一緒なのにダダをこねるんじゃないよ」。そしてテレビがわたしに、空気を読みなさい、と一週間言い続けた。わたしは泣きに泣いた。ひどいよ、ひどいよ、と呻いてテレビの配線をペンチでめちゃめちゃにした。背中を痛くなるほど丸めた。寄り添うものがないのでわたしはしかたがなく机の脚にかじりついた。視界の隅にちらちらと悪魔が見える。私の幼さに噛みつく悪魔。溶けてしまいたいと思った、飴のように不確かになりたかった。雲のような蒸気に、土のような全体に。その欲望はなんだろう、わたしの求めるせかいはなんだろう、すべて煮詰められて、甘く溶けてしまえばいい、のか。

 だけど太陽はいつまでたってもぬるいまま、世界を溶かしたりしなかった。私は相変わらず硬い、独自の硬度のコンクリートを踏み踏み駅まで歩かねばならなかった。悲しかった、私の足がコンクリートと示しあって硬くなってしまえばいいと思った。私の入れられたこの狭い箱、この寒い箱、この嫌なにおいのする悲しい箱、醜い形をしたその、油色のかたち。
 空があかるかった。星は降ってこなかった。太陽が、世界は続くと私に歌っている、私をぜつぼうさせようと歌っている。どうしたものか、希望らしい希望は見えない。明日は曇りだ、気温は下がり、世界は更に硬度を増して、なにも沸騰しないんだ。固まってしまった鍋の底にいる。火を入れろ、だれか、料理をしよう、シェフはどこです、神様はどこです。希望らしい希望は見えない。
 電車の揺れる高速の中で粒のように人が夢を見ている。ここで生きていけるほど、私の箱の中には酸素が残っているのだろうか。あきらめることは愛と呼ばれるだろうか。その愛を私はあいせるか。「ないものねだりは」「やめなさい」なんて、わたしはきたない悪魔のようね。
 たすけてください、と悪魔様におねがいをする。「きみがまちがっている」、そう、「わたしがまちがっています」、あくまさま。水と油を飲み干す怪物、その胃の中で私は毎夜夢をみる。それが私の敬虔だった。
 いつか、わたしの悪魔とだれかの悪魔が交わることがあればいいのに。ぼくら信仰で恋をしよう。
 神様や悪魔を信じる愛で、救われることがあるかしら。箱の中の悪魔信仰、あの薄明るい太陽は邪教も照らして光るだろうか。
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文章
マザーレス・チャイルド
2009-02-28-Sat トラックバック : 0  コメント : 4
 いつの頃からか「死にたい」と言うのが口癖になってしまって、お風呂上がりに「死にたい」電気を消して「死にたい」電車の中で「死にたい」、と、ひどい具合だった。
私が中学生だった頃のある春、あまり会ったことはなかったけれど伯母が交通事故で亡くなって、その葬儀の厳粛さに触れ、私は私の口癖の縁起の悪さに気付いた。しかし一度ついた癖は容易にはなくならず、私の口からするすると「死にたい」は流れ続け、仕方がないので「死にたい」と言ったあとに私は毎度「死にたくない」と付け足すことにした。相殺を試みたのだった。「生きたい」という発想はそのとき浮かばなかった。
「死にたい、死にたくない」と口癖にしては妙に長くなってしまったそれは、人前でうっかり言ってしまうとぎょっとされるので、私は気をつけていたけれど、やはりある日電車の中で「死にたい、死にたくない」。その声はごく小さいはずだったけれど、そのとき目の前に立っていた品の良い初老の女性には聞こえてしまったらしく、彼女は咄嗟にこちらを振り向きかかった、が、すぐにやめて前に向きなおった。
 ある日、家猫を見ていて私は猫になりたいと感じたが、それは猫は人間になりたいと思わないだろうと考えたからだった。「猫になりたい」という口癖はなかなか可愛いように思えたので、どうにか定着するよう努めたが、それは無駄な努力に終わってしまった。私は相変わらず猫を撫でながら「死にたい、死にたくない」と呟いた。しかし猫は私を振り返ったりしない。
私は「死にたい」と言うことになんの苦痛もネガティブも感じていなかったけれど、「死にたくない」と続けるときには、無性に情けなくなるのだった。「死にたくない」と言うとき私は何に怯えているのだろう、前言撤回が行使されずに誰かが私を殺しに来るのを恐れるのか、もしくは死にたくないという表明はすべての生の理不尽を無条件に甘受する宣誓であるような気がするからだろうか。私は誓いたくなかった、「死にたい」も「死にたくない」も誰にも約束したくなかった。

 私の口癖は私の肉体的成長に伴ってその頻度を増したけれど、それは徐々に空疎になっていくようだった。このまま「死にたい、死にたくない」は空気のように軽くなり、私の周りをしっかりと取り巻き、私はその中で生き、その言葉を口にする意義を失えばいいと思った。「死にたい、死にたくない」を口にすることは不自然なことなのだ。それは空気中に飛散する粒子となって私を中心に高速でまわるべきものなのだ、と思った。
口癖はなおらないまま、私は勉強をして恋をして電車を乗り継いで学校に通った。私は自分がなにかの中間点に立たされていて、1時間ごとに重心を変えているように感じた。見えない手が私をどちらかに倒してくれるのを無意識に欲し、私は映画を観て音楽を聴き見知らぬ街を探索した。
しかし「死にたい、死にたくない」は相変わらず続いた。それは私を猶予し、責め、庇護した。それは私を守る親のようで、浅はかな子のようでもあった。私が産まれたのか私が産んだのかもわからなかったし、私とその口癖は同一のものなのか異なる二つのものなのかも分からなかった。
私はこの大仰な口癖を愛し、嫌悪した。それが自分のどの感情を通って口から出るのかわからなかった。インターネットで「死にたい」と書き散らす人間を見つけたので、何も考えずに「私も死にたい」と書き込んだ。「一緒に死のう」とその名も知らぬ人間は言ったが、私は「死にたくない」と書き込んだ。その人間は私を臆病者、と罵った。私はずっと臆病を続けているのだろうか、と考えたが、実感はわかなかった。私は事実ここに生きているのであるから、「生」と「死」の間にいるわけはなく、生に倒れこんでいるわけだが、相変わらず私は「死にたい」と「死にたくない」の境界線に立ち続け、困惑し続けた。

 例年と変わらぬある夏の午後、愛しい猫が死んだ。
 五歳のときから飼っていた猫であった。鈴をつけたその首輪は私の手作りで、私は猫だけをほんとうに愛し猫に愛されることだけを望み続けていた。私は「死にたい」と連呼したが、それは意識したわけではなく自然と口から滑るのであった。
しかし私は死ななかった。死にたいとも思わなかった。私は「死にたくない」の側に倒れ込みながら「死にたい」と口にすることが可能だと知った。恐らくその逆も可能なのだろうと考えた。私は一挙になにもかも放り投げてしまった。
境界線はなく、そこは無地の平面であり、私は右足と左足を交互に出しているだけであった。私は猫の寝床だった毛布を抱き締め、更なる不安定を得、庇護を永遠に失いながら、初めて死というものに涙を流した。私はひとりで立っていた。そこには予想していたなにものもなく、口癖もなく、猫の匂いのする毛布だけがあった。
 五歳のときから飼っていた猫なのだった。私の足下にうずくまる、彼女はきっと私の最後の庇護者なのだった。
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